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企業情報 / 研究開発体制 | Ricoh Japan

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(1)

走査型透過X線顕微鏡の有機複合材料観察への応用

Application of Scanning Transmission X-ray Microscope for Some Observation of

Organic Complexes

岩田 周行

*

谷 克彦

**

和多田 篤行

*

Noriyuki IWATA Katsuhiko TANI Atsuyuki WATADA

要 旨

これまでトナー粒子中の成分の分散状態の観察には透過型電子顕微鏡(TEM)が用いられてき ているが,ワックスなどの限られた成分しか観察できなかった.走査型透過X線顕微鏡 (STXM)は,有機物によって異なる炭素のX線吸収スペクトルを利用し,有機物を見分けること ができる観察技術である.大強度の連続したX線を用いるため,放射光を必要とする.米国の放 射光施設Advanced Light SourceにあるSTXMを用いて,トナーをはじめとする様々な有機複合材料 の観察を行った.TEMを用いた粉砕トナーの観察では,樹脂中のカーボンブラックか,もしくは ワックス成分の観察しかできなかったが,STXMではこれらを同時に観察することができた.ま た,スペクトルに僅かな違いがあれば,有機成分を見分けられることが判明した.これらの結果 は,有機複合デバイスの研究や,新しいトナーの開発にとって,様々な有機材料が設計通りに分 布,構造を形成しているかを確認するために,STXMは必要不可欠な観察技術であることを示し ている.

ABSTRACT

Transmission electron microscopy (TEM) has been used to study the dispersion of components in a variety of toner particles, but TEM imaging could not easily distinguish various kinds of materials in some toner particles. Scanning Transmission X-ray Microscopy (STXM) is the observation technique identifying organic compound by carbon 1s Near Edge X-ray Absorption Fine Structure (NEXAFS) specify chemical structure that organic compounds have. The light source of STXM requires the intense and continuous X-ray caused by Synchrotron radiation. The observation of toner particle and organic complex were carried out by a STXM at the Advanced Light Source (ALS) in the U.S. Though the spatial distribution of either wax or carbon black in the binder resin of toner particle was separately observed by Transmission Electron Microscope (TEM), STXM provides simultaneous observation of them. Furthermore STXM also provides that it is possible to distinguish chemical components that have very similar NEXAFS. These results demonstrate the high capability of STXM to investigate the dispersion constituted of organic compounds for developing new organic devices and new well-controlled toner particles.

* 研究開発本部 基盤技術研究所

Core Technology Research Center, Research and Development Group ** リコー・ヒューマン・クリエイツ(株)

(2)

1.はじめに

日 頃 , モ ノ ト ー ン の 透 過 型 電 子 顕 微 鏡 ( TEM : Transmission Electron Microscopy)写真で見慣れたトナー断 面像が,赤青緑に色分けされた画像で表されたのは,2000年 の10月であった.それぞれの色の領域は,異なる有機成分に 相当している.このように分布状態を現したものをマップと 呼ぶ.この画像をはじめて見た時,鮮やかに色分けされたト ナー断面に感動したのを覚えている.その3ヶ月前,赤穂に おいて第11回X線吸収微細構造国際会議(XAFS XI:The 11th International Conference on X-ray Absorption Fine Structure)が開催された.著者らは,その会場でHitchcock 教授(McMaster Univ.)の走査型透過X線顕微鏡(STXM: Scanning Transmission X-ray Microscope)1), 2), 3) の研究に注目

し,これがその後,リコーにおけるSTXMを用いた有機材料 観察のはじまりとなった.リコーで有機材料といえば,まず トナーがあげられるであろう. 複写機に用いられるトナーには,様々な機能が要求され る.紙への定着や着色,感光体上の静電荷像を現像するため の帯電などを満足させるために,樹脂や有機化合物,顔料な どトナーは多数の成分で構成されている.従来のトナー製造 法では,これらの成分を溶融させ混練し,粉砕してトナー粒 子(粉砕トナー)を得ている.また最近では重合を用いてト ナー粒子を形成する方法も開発されているが,いずれにせよ トナー粒子のなかで,様々な成分がどのように分布している かを知ることが,トナーを開発・設計していく上で重要であ る. これまで,トナー内部でどのように成分が分散している かを調べる方法として,TEMを用いた観察が用いられてき た4).TEMは数ナノレベルの微細な形態が観察できるが,有 機物同士を区別することが難しかった. ここでは,このTEM観察の課題を明らかにした後,STXM の装置を紹介し,その観察の原理に関して述べる.次に,粉 砕トナーの観察例5)を示す.また,どの程度,STXMが有機 物を識別するポテンシャルがあるかも示す.さらに本研究を 進めて行く過程で判ったSTXM観察技術の特長を述べ,本報 告をまとめる.

2.TEMによる観察

TEMの試料では,“Transmission”(“透過”型)という言 葉が示す通り,電子線が透過するほど試料を薄くしなければ ならない.観察用の試料は次のように作成した.トナーをエ ポキシ系の接着剤で固め(この処理を包埋と呼ぶ),ミクロ トームを用いて厚さ約100nmの超薄切片にし,この切片を TEM用の金属メッシュに載せた. TEMによる粉砕トナーの観察例をFig.1(a),(b)に示す. Fig.1(b)は,Fig.1(a)の白の点線の中を拡大した像である. Fig.1(a)から,中央にあるトナー断面と包埋に用いたエポキ シ樹脂が明瞭に区別できることが判る.またトナー中の黒い 部分は,拡大した(b)の像から数十nm程度の粒子の集合であ ることが判る.本トナーは黒トナーであるため,顔料にカー ボンブラックを用いており,この粒子はカーボンブラックで あることが形態の特徴から同定される.このような像が観察 できる原因は,電子線の吸収・散乱の違いによるもので, カーボンブラックは樹脂よりも密度が高いため,吸収・散乱 が強く,電子線が遮られて透過せず,その結果として黒くコ ントラストが付いて観察できる.一方で,トナー中の様々な 樹脂は密度の差が殆ど無いため識別できていないことが判る.

Fig.1 TEM image of unstained pulverized toner.

TEMで有機成分を見分ける手法として開発されたものに 電子染色法がある6).上と同じ種類のトナーに四酸化ルテニ ウム(RuO4)5%水溶液を用いて電子染色を行った.この観 察結果をFig.2(a),(b)に示す.Fig.2(a)のトナー全体像の右端 には染色されていない白い領域があり,またFig.2(a)の白い 点線の領域を拡大した(b)の像の中にも,上下に染色されて いない100nm程度の丸い領域があることが判る.染色されに くい有機成分としては,直鎖状炭化水素があり,高級脂肪酸

(a)

(b)

(3)

とアルコールのエステルからなるワックスが類似の構造を持 つと推定できる.このように電子染色法を用いれば,トナー を構成する樹脂のひとつであるワックスを観察することがで きる.但しこの染色法にも次のような課題がある.ひとつは 染色法で識別できる成分がワックスなどに限られているとい う点である.さらに,このトナーもカーボンブラックを含ん でいるのであるが,ルテニウムによるコントラストが強く成 り過ぎ,逆にカーボンブラックの分布は判らない.このよう に,ワックスとカーボンブラックを同時に観察することがで きないという点がふたつめの課題である.

Fig.2 TEM image of pulverized toner stained with RuO4 vapor.

3.透過型走査X線顕微鏡

3-1

X線吸収スペクトル

STXMは,X線吸収スペクトルを利用して有機物を識別す る.X線吸収スペクトルは,X線のエネルギーを変えながら, 試料によるX線の吸光度を測定する.試料を透過した後のX 線の強度をI,何も無い状態の強度をI0とすると,吸光度 (OD:Optical Density)μtは(1)式で与えられる.ここでμ は線吸収係数,tは試料の厚さである.但しμはX線のエネル ギーEに依存する. OD=μt=ln(I0/I) ・・・ (1) 原子にX線を照射すると,ある特定のエネルギーのX線で 吸光度が急激に増加する.これは原子の内殻にある電子がX 線によって叩き出されるために生じる.この電子を光電子, 光電子を放出するX線のエネルギーを吸収端と呼ぶ.この様 子の概略をFig.3に示す.X線で炭素原子の1s軌道(K殻)の 電子を励起すると,原子間の結合のために,光電子が取り得 る様々な状態(π*やσ*の空の準位)が存在し,その結果, 吸収端後のX線の吸収量が微細に変調する.吸収端から30~ 40eVの領域のスペクトルを吸収端近傍X線吸収微細構造 (NEXAFS:Near Edge X-ray Absorption Fine Structure)7)

呼び,このNEXAFSが有機物によって異なることをSTXMは 利用して,有機物を区別する.そのため炭素1sのNEXAFSは 有機物の“指紋”と呼ばれる.具体的な例を上げると,2重 結合を持つ有機物の特徴的な構造としては,285eVに,炭素 原子の2重結合によって生じるπ*への光電子の励起がある. 直鎖状炭化水素ではこの吸収を持たないが,不飽和炭化水素 を持つ有機物には必ず見られるスペクトルの吸収構造である. このように,有機物の化学構造の違いがNEXAFSスペクトル の差として現れる.

Fig.3 Schematic potential of diatomic molecules and 1s NEXAFS spectra.

3-2

走査型透過X線顕微鏡

測 定 は , Berkeley ( U.S.A. ) に あ る 放 射 光 施 設 ALS (Advanced Light Source)の5.3.2ビームライン(BL:Beam Line)のSTXM8), 9)で行った.有機成分マップが得られる STXMは,日本には未だ無く,世界でも放射光施設NSLS (U.S.A.),BESSY Ⅱ(Germany)やCLS(Canada)などに 数台あるだけである.Fig.4にSTXMの光学系の概略を示す. 図に示すように,蓄積リングから放射され,単色化されたX 線①は,ゾーンプレートで集光②され,集光位置の試料を XY方向に走査③し,その透過量を検出する.従ってこれら はSTXM装置に重要な項目である.測定を行ったBL5.3.2.の

π

σ

σ*

π*

Energy Inte nsity(μt) NE X A FS Sp ectra

1s

continuous states

X-ray

C

1

C

2

π

σ

σ*

π*

Energy Inte nsity(μt) NE X A FS Sp ectra Energy Inte nsity(μt) NE X A FS Sp ectra

1s

continuous states

X-ray

C

1

C

2

(a)

(b)

(4)

STXMの仕様を,以下に示す. まず,エネルギー分解能は0.1eVである.この値は,炭素 1sのNEXAFSスペクトルを用いて,有機成分を識別するため に充分な分解能である.分解能を上げると強度が弱くなり測 定に時間が必要になるが,BL5.3.2は観察時の明るさと分解 能を最適に考慮した設計がなされている. 次に,空間分解能は40nmである.ゾーンプレートによっ て,どの程度X線を集光できるかが,STXMの空間分解能と なり,ゾーンプレートの輪帯の加工技術によって決まる. ALS(CXRO)は世界最高レベルのゾーンプレートの加工技 術を持っている. そして更に,20nm以下に走査方向のゆらぎ幅が抑えられ ている.2001年に稼動した,このBL5.3.2のSTXM装置から, 干渉計を用いた位置制御が加わり,これが実現した.有機成 分マップの測定では,エネルギーを変えながら何回も試料上 を走査して測定するため,走査位置が異なると,スペクトル に影響し,空間分解能の高い成分マップが得られない. スペクトルと画像の関係を表したものをFig.5に示す. Fig.5の上図に示すように,有機成分マップの測定は,試料 をX,Y方向へ走査し,画像を取得した後,エネルギーを変 え,再び画像を取ることを繰り返す.これらの画像をエネル ギー順に並べ,XY軸にエネルギーの軸を加えて画像を重ね, 3次元データとしたものを“スタック”と呼ぶ.図中の丸で 示された成分と周囲の成分のスペクトルが,Fig.5の下図の スペクトルに示すように異なることで,丸の成分をOD像と して観察できる.また逆に,OD像として現れる各成分は, それぞれ固有のスペクトルを持つことが判る.そして,画像 を重ねる位置がずれてしまうと,OD像の輪郭のスペクトル に影響することも判る. STXM実験に際して,当初はALSに行き測定していたが, 現在は,Hitchcock教授と一緒に研究をされていた池浦(関 口)博士((独)産業技術総合研究所)の御指導の下で,産総 研の実験室とALSのSTXM装置のPCをインターネットで結び, ALSのHitchcock教授と検討を行いながら,日本で測定の様子 を見て実験を行っている.

Fig.5 Schematic image of stack and spectra.

3-3

有機成分マップ

有機成分マップは,次の手順で得た.まず,各成分の単 体の炭素1sNEXAFSスペクトルを測定した.これは有機成分 を区別するための参照スペクトルとなる.次にFig.5に示し たように,試料の像を,エネルギーを変えながら測定し透過 像を測定した.別に測定したI0で画像を割り,吸光度に変換 した後,エネルギー毎の画像のずれを確認しスタックを得た.

Energy Energy I nte ns it y( μt) Image Spectra E1 E1 E3 E2 E4 E4 E2 E3

Energy Energy I nte ns it y( μt) Image Spectra E1 E1 E3 E2 E4 E4 E2 E3 D etectorZone Plate Sam ple (T hin Section)Scanning D irectionM onochrom atic X -ray M onochrom ator B ending M agnet Storage R ing E lectron X -ray D etectorZone Plate Sam ple (T hin Section)Scanning D irectionM onochrom atic X -ray D etectorZone Plate Sam ple (T hin Section)Scanning D irectionM onochrom atic X -ray M onochrom ator B ending M agnet Storage R ing E lectron X -ray

(5)

スタックデータの成分マップへの変換は,スタックの1画 素毎のスペクトルが各成分の参照スペクトルの線形結合で現 されるように係数を求めることに帰着する.このとき,全て の画素のスペクトルを,各参照スペクトルに分解する.すな わち,成分1,2,3,…に対し,

OD(1画素)=μ1(E)t1+μ2(E)t2+μ3(E)t3+… ・・・ (2)

ODは測定値であり,μ1(E),μ2(E),μ3(E),…は各成分

の参照スペクトルに相当するので,各成分の厚さt1,t2,t3,… を数値的に求めることになる.これには特異値分解(SVD: Singular Value Decomposition)10), 11)の方法を用いた.もし参

照成分と試料中の成分が同じ成分であれば,その参照成分の スペクトルの係数(t)だけになり,多成分が混じっていれ ば,幾つかの参照スペクトルの線形結合になる.各画素をμ の種類で色分けし,係数(t)の値に従って濃淡を付け,有 機成分マップを得た. 次に具体的な粉砕トナーの観察に関して詳しく記載する.

4.粉砕トナーの観察

4-1

測定方法

STXM観察の試料は,TEM観察の試料と同じ超薄切片を用 いることができる.粉砕トナーを構成している樹脂,ワック ス,カーボンブラック,それぞれ単体のNEXAFSの参照スペ クトルの測定を行った.またトナー断面の像は,水平,垂直 ともに50nmの刻みで走査し,1画素あたりの積算時間は2ms で あった .エネ ルギー の刻み は, 3 つの領 域( 282.0 ~ 284.2eV,284.3~286eV,286.2~292eV)で異なり,それぞ れ0.3,0.1,0.4eVで測定した.284.3~286eVの領域は,先述 したπ* C=Cへの励起の領域であり,三つの成分で大きく異な ることが判っているため,エネルギーの刻みを細かくして測 定した.測定中に蓄積リングの電流の減衰によってX線強度 が減少するため,トナー像の領域((1)式のI)と試料の無い 領域((1)式のI0)を交互に測定することで,吸光度ODへのX 線強度減少の影響を避けた.

4-2

測定結果

トナーに用いられた3つの成分,樹脂,カーボンブラック, ワックスの炭素の1sからのNEXAFSスペクトルをFig.6に示す. 図のスペクトルは全て,吸収端前後の強度と各成分の密度か ら線吸収係数(μ)に変換した.それらのスペクトルは282 ~292eVの領域で大きく異なっていることが判る.樹脂に見 られる285.2eVの吸収ピークは,先述したように炭素1s軌道 から2重結合による空軌道π* C=Cへの遷移によるものと帰属さ れる.また非常に吸収量が強いことから,芳香環によるもの であると推定される.ワックスにも285.2eVに非常に弱い ピークがみられるが,1s軌道からC-Hへの励起に帰属される 287.5eVにある幅広く強いピーク7)が特徴のある構造である. ワックスの化学構造が高級脂肪酸と高級アルコールのエステ ルであり,直鎖状の炭化水素が支配的な分子構造あることを 考えると,妥当なスペクトル構造であることが判る.

Fig.6 Reference C 1s spectra of wax, toner binder resin and carbon black placed on an absolute liner absorbance scale. 観察したトナー断面全体の285.2eVにおける透過像をFig.7 に示す.トナー内部には白く観察される部分がいくつもある ことが判る.コントラストは,X線の透過量の違いによって 現れ,白から黒になるに従い透過量は減少する.Fig.6の単 体の参照スペクトルから,285.2eVの透過量が多い成分は, ワックスであることが判る.従ってこのように,あるエネル ギーにおける透過像(あるいはOD像)を観察するだけで特 定の成分の分布を観察することも可能である. resin wax carbon black Li ne ar ab so rp tion coeffici ent (nm -1) 285.2eV Energy (eV) 287.5eV

(6)

Fig.7 STXM transmission image at 285eV of a section of a whole toner particle.

ここでは,Fig.7全体像の中で,破線で囲んだ部分のス タックデータを,Fig.6の各成分の参照スペクトルを用いて 解析し,有機成分マップを得た.これをFig.8に示す.赤, 緑,青のRGB合成で,それぞれワックス,樹脂,カーボンブ ラックを表す.ワックスと樹脂が明瞭に分かれていることや, 樹脂中にのみカーボンブラックが存在していることが判る. また,試料の厚さが100nm程度あるため,直径が50nm程度の カーボンブラックに,樹脂が重なっており,有機成分マップ 上でも,これを反映して青と緑が重なった色合いになってい る.このように,STXMを用いれば,TEM観察では判らな かった,3成分同時の分散状態の同定が可能となる.

Fig.8 Chemical component map of part of indicated by dotted line in Fig.7.

5.STXMの成分識別能力

先述の結果より,カーボンブラック,樹脂,ワックスが STXMによって明確に見分けられることが判った.これらの 三成分は,Fig.6から判るように,大きく異なった特徴的な スペクトルを持つため,識別が容易であると考えられる.そ れではどの程度,STXMに有機成分の識別能力があるのかは 非常に注目すべき点である. これを調べるため,単体の参照スペクトルがFig.9で示さ れる2種類のポリエステル樹脂(この2種類をAとBで呼ぶ) が混在した試料を作成し,この試料の成分マップが得られる か検討を行った.Fig.9で示されるように,285eV付近の2重 結合の領域は強度・位置ともに殆ど違いは無く,288~ 289eVの領域に僅かに見られるだけである.

Fig.9 Reference C 1s spectra of polyester A and B.

測定方法は,通常の有機成分マップの測定と同じである が,可能な限り良好なデータを得るため,2種類のポリエス テルのスペクトル形状を考慮して,違いの見られる領域のエ ネルギーの刻み値を細かくし,また,試料がX線のダメージ を受けない程度に積算時間も長くした.Fig.9のスペクトル をもとに,有機成分マップを行った結果がFig.10である.緑 がポリエステルA,青がポリエステルBを示している.STXM の空間分解能に近い50nmレベルの細かな分布が見られるが, 実際に2種類のポリエステルが識別されているかは,ノイズ のような模様にも見えるため,これだけでは判らない. Lin ear absorp tion coef fi cien t (nm -1) Polyester A Polyester B Energy (eV) 285.4 eV 288.25 eV 289.0 eV

2μm

285.2eV

(7)

Fig.10 Chemical component map of polyester A and B. そこで,有機成分マップ中のA,Bそれぞれの領域におけ るスペクトルを,スタックからマップ中で輝度の高い(成分 厚さの厚い)画素を選んで抽出した.そのスペクトルを Fig.11に示す.参照スペクトル(Fig.9)と抽出したスペクト ルを比較すると,抽出したAのスペクトルは288.25eVに肩を 持ち,この特徴は参照スペクトルと一致していることが判る. また285.4eVに,僅かであるが抽出したスペクトルに肩があ り,参照スペクトルの特徴と一致していることが判る.この ように,スペクトルに僅かな違いがあれば,その違いのある エネルギー領域で詳細に画像の測定を行うことで,有機成分 の識別が可能になることが判った.従って,STXMは,複数 からなる有機成分の分布状態の観察に非常に有効な観察技術 であると言える.

Fig.11 Spectra extracted from the image sequence ‘stack’ at high value pixels of the chemical component map of polyester A and B.

6.STXMのその他の特長

以上のようにSTXMでは,粉砕トナー中の樹脂,ワックス, カーボンブラックの分布を同時に観察することができ,電子 染色法のように限られた成分だけでなく,NEXAFSスペクト ルが異なればポリエステルのような同種の有機物も区別でき ることが判明した.さらに,これまでの様々な有機物の STXM観察を通して,有機複合材料観察に有効なSTXMの特 長が明らかになったので,以下にこれらを述べる. ある均一な成分のポリエステル樹脂の284eVにおけるOD 像をFig.12(a)に示す.左端の黒い部分は試料に開いた穴であ る.中央のポリエステル樹脂の領域に,コントラストが付い ているのが判る.成分に違いが無ければNEXAFSスペクトル が同じであるはずであるのに,なぜコントラストが付くのか は,興味あるところである. ひとつは試料の厚さ(t)が異なることが考えられる.そ こでNXAFSの特徴的な構造が現れなくなる320eVの吸光度像 (Fig.12(b))でFig.12(a)を割り,厚さの影響を打ち消した. するとさらに明瞭にコントラスト(c)が現れた.このコント ラストの原因はポリエステル樹脂の配向である.光源のX線 が直線偏光しているために,この方向と分子の2重結合の方 向なす角度によって,吸収量に差が生じる.X線の電場ベク トルとπ*軌道が平行になるほどπ*への励起の吸収量が多く なる7).この確認のため,明るいコントラストと暗いコント ラストの部分のNEXAFSスペクトルをFig.13に示す.スペク トルは同じ特徴を持っているが,284.0eV(π*軌道への励起 に起因)のピークの吸収量が異なっていることがわかる.こ のように有機成分の配向の違いを観察できるのもSTXMの特 長である.分子の方向を制御した構造を持つ有機デバイスで は,2次元的な配向分布の評価が必要であり,STXMはこの ような配向の観察にも期待できる. Inte ns ity (a rb.u nit)

From the area of Polyester A

From the area of Polyester B Energy (eV) 285.39 eV 288.2 5eV 289 eV

1μm

Green=Polyester A ,Blue=Polyester B

(8)

Fig.12 Optical density images at 284eV and 340eV, the ratio image (284eV/340eV).

Fig.13 Spectra measured from the bright area and the dark area of the ratio image.

さらに,もうひとつの重要なSTXMの特長としては, STXMで観察した後,電子染色を行いTEMで観察することが できるという点がある.染色されることは,有機成分の化学 的な構造がSTXM観察によって壊されていないことを意味す る.TEMで一度観察した試料は,染色されることはない. Fig.14にSTXM観察の後,電子染色しTEM観察した試料の観 察結果を示す12).図中の矢印で示したように,染色された成 分は,有機成分マップでは緑の領域に対応していることが判 る.従って,STXM観察を行い,観察を行った試料を電子染 色してTEM観察し,染色された有機成分が,何の成分であ るかをSTXMの結果から明らかにすることができる.このよ うに化学構造から推定していた電子染色法による有機成分の 帰属における曖昧さも,STXM観察と照合することによって 取除くことができる.

Fig.14 Comparison of a chemical component map with a TEM image.

7.むすび

STXMを粉砕トナー観察に応用し,これまで観察できな かった成分の分布状態が観察できることが判った.空間分解 能は40nmとTEMより大きいが,NEXAFSスペクトルが異なる 有機成分ならば,ポリエステルのような同じ総称を持つ有機 化合物間でも識別できること,さらに有機試料の配向を観察 できること,またTEMと併用すれば観察の精度が上がり, 有機材料の観察には非常に有効である.今後も,複数の有機 成分からなる有機複合デバイスの研究や,構造で機能を制御 する新しいトナーの開発がなされていく上で,これらを構成 する様々な有機成分が設計通りに構造を形成しているかを確 認するために,STXMは必要不可欠な観察技術であると言え る.

(a) 284eV (b) 340eV

(c) Ratio Image

5μm

Chemical Component Map

TEM image (section stained with RuO4)

In te ns it y (arb.un it ) 280 290 300 310 320 280 290 300 310 320 Energy (eV) Energy (eV)

Dark Area Blight Area 284eV 284eV In te ns it y (arb.un it ) 280 290 300 310 320 280 290 300 310 320 Energy (eV) Energy (eV)

Dark Area Blight Area

284eV 284eV

(9)

謝辞

STXMの観察実験にあたり,A.P.Hitchcock教授(McMaster Univ.)に深く感謝致します.また,実験に際して御指導い ただきました池浦(関口)広美博士((独)産業技術総合研究 所),荒木暢博士(現North Carolina州立大学)に感謝致し ます.最後にSTXM観察の試料を御提供いただいた方々に感 謝致します. 参考文献

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